社長のビジョンに共感し、岐阜県恵那市で奮闘する2人のプロフェッショナル

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  • 恵那市

(本インタビューに係る撮影のため、周囲確認の上、一時的にマスクを外して頂いています。)

株式会社恵那川上屋
斉藤庄哉氏
清見賢一氏

斉藤 庄哉

株式会社恵那川上屋

大学卒業後、家業である水産会社に入社し、代表取締役に就任。
事業売却後、中小企業数社の業務支援/再生にかかわり、
令和3年3月に岐阜県の株式会社恵那川上屋に転職。
管理本部財務経理部でさまざまな業務に携わる。

清見 賢一

株式会社恵那川上屋

全国でスポーツ用品販売を手がける大手企業に新卒として入社、
店舗運営業務などを経て、人材育成部門の立上げに従事。
また経営に近い立場で社内横断的プロジェクト等を歴任。
令和元年4月に株式会社恵那川上屋に転職、管理本部総務人事部でさまざまな業務に携わる。

これまでの経歴を教えてください。

斉藤
 大学を卒業した後、家業の水産会社に入社しました。大学在学中に父親が亡くなり、私が会社を切り盛りする立場になったんです。当時はバブルの終焉期で、会社には過大な借入金がありました。この借入金を約20年間かけて整理し、最終的には会社を売却しています。

 その後、資金調達や再生のノウハウを活かし、中小企業数社のお手伝いをしていましたが、東日本大震災でダメージを受けた企業の支援にかかわったことを契機に、自分の知見を地域の中小企業のために役立てたいと考えるようになりました。

 そんな思いで政府系人材紹介会社である株式会社日本人材機構に入社し、いくつかの会社とお付き合いさせていただく中で、静岡県にある水産会社の案件に出会いました。

 同社は基幹事業である漁業に加え、新たに水産加工場を買収した直後でした。M&A後の事業統合を推進する人材が必要な局面で、日本人材機構から私が出向することになりました。その後半年ほど経って、同社から転籍の話をいただき、私自身、過去の経験を役立てたいという思いもあったため、約3年にわたり同職を務めました。

 その事業統合が一段落したタイミングで恵那川上屋に出会ったのです。

清見
 私は大学卒業後にスポーツ用品を販売する企業に入社し、22年間務めた後、恵那川上屋に入社しました。

 全国各地の販売店に転勤し、新業態や、複数店舗の管理などマネジメントを経験するなか、徐々に経営に興味を持つようになったんです。その後、本社に戻ってからは人材育成業務を担いつつ、部門横断的に経営戦略にかかわる戦略企画本部に在籍し、ますます経営に近いポジションで仕事をしたいという思いが強まりました。
 
 加えて、当時の上司が社会とのコミュニケーションにとても意欲的だったので、私も大きく影響を受け、数多くの企業との仕事を通じたお付き合いのほか、勉強会などにも積極的に参加してきました。こうした経験は自分の知見を広げる大きな機会となり、非常に恵まれた環境で働けたと感じています。

 しかしその後、会社の経営方針が変わり、違和感を覚える機会が少しずつ増えてきました。会社が大きく変化しつつある状況はすごく興味深かったのですが、社外から招かれたコンサルタントと話したりしていると、これまで培ってきた自分のスキルや価値観とは相容れない部分を感じることもありました。
 
 こうした思いを抱えたまま会社にいても自分自身の成長が止まってしまうのではないかという思いも強くなるなか、ちょうど早期退職者の募集があり、思い切って転職のチャレンジを決断したのです。

 そのタイミングで声をかけていただいたのが恵那川上屋でした。

恵那川上屋について教えてください。

清見
 恵那川上屋は、岐阜県恵那市に本社を置く和菓子/洋菓子の製造・販売業です。地域の特産である栗を素材にした製品を主力とし、岐阜県内に10店舗、東京に1店舗、名古屋市内に1店舗を構えています。栗は、栽培から製造、販売に至るまで自社で一貫して行っており、いわゆる6次産業化に成功しています。そしてそのビジネスの根幹には地域を豊かにしていくという思いが強くあります。

 現在、私たちは年商50億円という目標を掲げています。入社前にこれを聞いたとき、多店舗展開が達成への近道だろうと考えていました。
 しかし社長の考えは違ったんですね。ビジネスを面で拡大するのではなく、付加価値を高めることへのチャレンジの積み重ねが重要である、そういったビジョンを持っていました。この思想こそが恵那川上屋の最大の特徴であり、圧倒的な強味であると思います。
斉藤
 私から見た恵那川上屋は、高い品質に基づいた付加価値を裏付けするためのストーリーに限りなくエネルギーを注入しているといった印象です。栗一つにこれだけ多様な物語や思いが込められるのか、と驚きを隠し得ません。

 企業経営においては販路の拡大やコストの抑制も重要なテーマですが、恵那川上屋は、全く違う価値観で活動している…。そのビジョンに強い共感を覚えます。
清見
 こうした社長の考えは、私が新しいチャレンジの場として恵那川上屋を選ぶうえで、強い動機となりました。6次産業化の必要性を語るロジック、地域の農業への愛情を持ちつつ、日本、世界を思う視座の高さと大義…そういった話を聞くたびに将来への期待が高まり、また、大きく社会を動かすプロジェクトの一翼を担えるのではないかと考え、恵那川上屋への入社を決めました。
斉藤
 私も恵那川上屋への入社を決めたのは、社長が語るビジョンですが、同時に社長の感性の鋭さ、際立った感じ、みたいなものもとても魅力的に感じました。

恵那川上屋が外部人材を採用した背景には、どのような理由があったのでしょうか。

清見
 恵那川上屋はお菓子が好きな人、お菓子を作りたい人、そしてお菓子を売りたい人が集まって大きくなってきた会社です。ただ、これからさらに多くの方々に、我々の思いを訴求しようと考えたとき、多様な人材が必要となり、外部の人材にも目を向けることになりました。
斉藤
 私は恵那川上屋に入ったとき、会社の規模はどんどん大きくなっていく中、組織を運用するための仕組みや体制が追いついていないと感じました。

 たとえば、意思決定のルールが不明確だったり、責任の所在が曖昧だったりまだ考え方が整理されていないという印象がありました。こうした課題を解決していくために、社外からの助言は有効ですが、同時に組織の中から変革を進めていくことも極めて重要だと考えます。

 その意味でも、内部から課題に取り組める人材が求められていたのだろうと思います。
清見
 弊社でも、過去にコンサルタントの方に入ってもらったことがあると聞いていますが、そのときはうまくいかなかったことも多かったそうです。やはり外部からあれをやれ、これをやれと言われても、なかなか会社としてのアクションにつながらなかったようで、そういった経験からも、社内の人材が主導して改革を進めていく必要性があると考えられたのではないでしょうか。

これまでの仕事との違いをどのように感じられていますか。

清見
 以前勤めていた会社は東証一部上場企業であり、組織や指揮命令系統、役割分担が明確化されていて、それぞれの従業員がやるべき仕事もはっきり決まっています。ただあまりに役割が明確化されすぎていて、他部署との連携に苦労したり、自分の範囲外の仕事は人任せになってしまうことに不満を感じていました。

 一方、現在の恵那川上屋はそこまで役割分担がはっきりと決まっていなくて…。総務・人事の担当ではありますが、販売の業務にかかわるなど幅広い仕事に対応しています。めちゃくちゃ忙しいのですが(笑)、すごくやりがいはありますね。
斉藤
 あと、地域では満員電車での通勤もないし、なにより朝がすごく爽やかなんです。そういった清々しい空気の中、仕事ができるのはいいなと思います。
清見
 先日、私たちが取引しているIT関連の会社が横浜から山梨に移転したんですよね。その代表に話を聞くと、豊かな自然があって空気も爽やかで、毎日気持ちよく過ごせる、ストレスなく仕事ができると話していましたね。

 実際、通勤は楽になったと感じています。私が住んでいるのは岐阜県可児市で、以前勤めていた企業には電車で1時間20分ほどかけて通っていました。現在は同じ可児市から同じ時間をかけて自動車で通勤していますが、圧倒的にマイカー通勤のほうが身体の負担が少なく、すごく楽になったと感じています。あと個人的には、ゴルフ場が周りにあるのがすごくいいですね(笑)。

地方で働くメリットをどのように感じていますか。

斉藤
 私は地域だから特別な働きがいがある、メリットがあると感じたことはありません。地域にいても都市圏と同じ質の仕事はできるし、そういった企業風土を持つ会社もたくさんあります。
清見
 それは本当におっしゃるとおりですね。ただ地域側から考えると、さまざまなリソースが足りない、スキルを持った人材が少ないといった課題は間違いなく存在します。そういった観点から、都市圏で働いてノウハウを蓄積した、あるいはスキルを身に付けたという人が、活躍できる場所はたくさんあると感じます。

ご自身のキャリアについての展望を聞かせてください。

斉藤
 恵那川上屋に入社して半年が経ちましたが、自分の経験を活かすことができたな、と感じる仕事もいくつかあり、そうした経験に裏打ちされた仕事を地域の人たちと共有していきたいと考えています。それが組織の成長への寄与につながれば、私は恵那川上屋において役割を全うした、納得感のある仕事をすることができた、と感じられるでしょう。

 私は単身赴任で恵那市に来ていて、家族は東京に残しています。本音を言えば、この地域で最後まで生活するという覚悟を持って働いているわけではありません。ただ、ここで働いた何らかの足跡を残していかなければ、私が地域に来た意味も価値もありません。それでは恵那川上屋に対しても恩返しもできない。

 やはり、会社の成長に貢献していく、自走する組織を作ることです。これが私の現在の目標であり、実現に向け努力していきたいと思っています。
清見
 人を、地域を、豊かにする会社にしていきたいというのが大きな目標です。ただ、清見がやる、斉藤がやるからできるという状態をずっと続けるのでは継続性がありません。そうではなく、この会社の人たち1人ひとりが力を発揮し、社長のビジョンを具現化できる人を育てていく、それが私の役割です。

 恵那川上屋で働くみなさんが、それぞれの強みを生かし、多様な活躍ができるようになれば、私としては、満足できる成果をあげたことになります。まずはこれらの目標に全力で取り組み、将来は私自身が強く共感できる目標を新たに設定し、チャレンジを続けていこうと思います。

(本インタビュー内の写真につき無断転用等を禁じます。)

企業情報

企業名 株式会社恵那川上屋
住所 〒509-7201 岐阜県恵那市大井町2632-105
電話番号 0573-25-2470
Webサイト 恵那川上屋